動物ジャーナリスト 佐藤 榮記
わたくしは、動物ジャーナリスト、動物ドキュメンタリー映画監督、動物ディレクター等の様々な肩書きで新聞、TV、ラジオ等で紹介されます。
どの肩書きにも‶動物″という文字が入っているように、動物の事を語ったり、撮影したり、放送、放映するのを生業にして四半世紀以上を過ごして参りました。
そんな私があまりにも身近で、あまりにも社会生活に関係している動物関係のある言葉をほんの数年前まで知りませんでした。
その言葉とは、『妊娠ストール』です。
『ストール(STAll)』とは畜産においてブタなどの動物を閉じ込める囲いや枠の事です。
簡単に言ってしまえば、金属製の檻です。
その前に『妊娠』とあるのは、母ブタは妊娠期間中にこの檻の中に閉じ込められる為です。
この文字面(もじづら)だけの解説を読めば、そんなものなんの事はない、よくある動物飼育用の檻ではないかと思われるでしょう。
しかし、『妊娠ストール』に至っては、それが驚くほど狭いのです。
自分の体の方向を変えられないサイズの檻。
これを想像してみてください。
これに生涯に渡って拘束されるブタは、その工場内の反対側の壁を見られません。
子供を産む時は分娩ストールに移動させられますが、そこも同じように狭く、自分が産んだ子どもが、いや、自分の意志とは無関係に‶生産″させられた愛する我が子が自分の脇に居て、乳を吸っているのは感じていても、
その子を振り向いて見たり、鼻を付け合わせたり、体を舐めてあげる事すらできないのです。
そんな悲しみって、ありますでしょうか?
妊娠ストールの写真等でご覧になれば、どなたも本当に驚かれる事でしょう。
私の場合は、驚きを通り越し、信じる事ができませんでした。
この言葉を知らなかった事以上に、自分はこんな酷い状況の中で生産された肉を食べていたのかと思うと、表現しづらいほどの衝撃を受け、以来、ハムやベーコンを私の身体と脳が拒絶するようになりました。
そう、だからこそ、この『妊娠ストール』は公にされないのでしょう。
これを知った人間の多くが、そこで生産された肉を拒むようになる可能性が充分に考えられるからです。
実際に、この文章を書かせて頂くにあたって、私は畜産業の会社に動物ジャーナリスト佐藤榮記の実名を名乗って電話取材しましたが、何ひとつとして教えてくれませんでした。
担当者は、『妊娠ストール』に関しては、お答えする部署もないし、何も話せないという言葉を繰り返すだけでした。
何も言えないのは何故でしょう。
残酷、悲惨、野蛮等という言葉しか出てこないこの管理方法は、2018年の今もまだ行われているどころか、こと本国においては大多数の現場が妊娠ストールを使用しています。
おこがましい言い方ですが、動物の取材を重ねてきた私ですら知らなかった言葉ですので、ほとんどの人が知らないのも無理はないのです。
電話取材の件を持ち出すまでもなく隠ぺいされているのですから。
しかし実は、『妊娠ストール』であるとか、『バタリーケージ』といったワードこそ、
本来は国民全員が知らなければならない非常に重要なキーワードです。
何故なら、ほとんどの国民が、『妊娠ストール』という残酷極まりない飼育システムで生産された肉を口にしているからです。
これを知った皆様が、ひとりでも多くの他の人に伝えて頂きたいと思います。
劣悪という言葉では言い表せないほど悲惨な状況下を、この瞬間も生きている動物達に想いを馳せて頂きたいのです。
命ある者の一生を、身動きすらとれない場所で強制拘束し、殺す等、
少なくとも私の知っている人間という動物のする事ではないと思います。
多くの国民が知り、声をあげる事で企業はその声に耳を傾けないわけにはいかなくなるでしょう。
企業側には、飼育面積、飼育の手間、長年のシステムを変更する為のイニシャルコスト等々いろいろな理由や言い訳もあるでしょうが、
そもそも今までこの状態でやってきた事自体が問題だと常識論として感じます。
諸外国では既にこの非道な管理方を撤廃、あるいは段階的な撤廃を公表しています。
深い悲しみと激しい憤りを覚える無慈悲な命の冒涜を容認する事などやめましょう。
そして畜産業に係わる方々、痛みも苦しみも悲しみも、全ての感情を持ち合わせた生き物を、物として扱わないでください。
どうかお願い致します。
動物ジャーナリスト 佐藤榮記